感謝の呼吸

森羅万象に感謝する

引っ越してみて、無くても困らないと気付いたもの

おひとり様になって3ヶ月目を過ごす中、未だに買い揃えてないモノがある。

掃除機、炊飯器、ヘルスメーター。

他にもあるけど、大概の家庭にはあるでしょ、ってなモノが、無くても困っていない。

家電製品て、無駄な買い物してる感が結構な割合で脳裏を過る。

感謝の光

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ウォーキングコースから拝む、夕方の景色。

2ヶ月前、越して来た場所、このアングルはどんな天候でも神秘的な景色を届けてくれます。

独り身になって、完全にシフトチェンジした私の心身を更に導いてくれているような感覚さえ覚えます。

今年も一年、本当にありがとうございました。

離婚しました

思い返せば、このブログは夫の愚痴を言わない宣言で始まったのに、気が付けばそれ一色、というより、それを遥かに越え、触れてはいけない核心に触れ…

表では感謝を口にしながら、いざ心の内側を覗いてみると、ジャッジの目を常に夫に向け、自分をも苦しめていました。実際にはもう長い間、夫に背中を向けるように、避けるように同じ屋根の下で過ごしていて。

実に滑稽な数年でした。

ついでに言ってしまえば、これで私はバツ2になりました。ただ、だから何?って感じ。

兄からは、人選ミスの連発だと言われますが、それもあるかもしれないけれど、そもそも私は妻のセンスがないのだと思っていて、今回の離婚でその事が明確になりました。

私は本当に、一人の時を至福の時間だと思っています。友達と呼べる人はいないし、欲しいとも思いません。自分との対話が忙しくてそれどころではないのです。

だから、パートナーとか作る意味もいまいちぼやけていて、必要性を感じていなかったから、私は結婚とかしない方が相手を傷つけずに済んだのです。

これまでの夫達には、申し訳ないと思っています。

そして、おひとり様ライフがめちゃめちゃ幸せで、こんなのでいいのかしら~と、毎日お花畑な家時間を満喫しています。

私自身の循環器系を見直すタイミングでした。そして、夫が私ではなくタバコを選んだことが、離婚の決定打になりました。それが原因という訳ではないけれど、やめてくれないことが心にも身体にもとても負担がかかっていただけに、新しい環境が快適過ぎて、質素倹約、健康的に、江戸時代のような食生活を心掛けているのに、今、とても幸せです。

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世の男性方、女はとてもしたたかです。

最後までお読みいただきありがとうございます。

また次回のお越しをお待ちしています。

 

捨て活をしたら軽くなるもの

夫への不満要素満載だった前回記事を削除した。

それと引き換えに、ほとんどの服を手放した。

私が着ていた服。

今、人生で予想もしていなかった心臓の検査を受けていて、来週の運動負荷試験の結果次第で今後の生活スタイルを変えることになる。

夫には予告をしてあって、次に家の中でタバコの臭いをさせたら別居する宣言。

カウントダウンが始まる兆しが見えるので、今日、急遽、手持ちの衣類の9割方を買取の店舗に持って行った。

査定の結果は2週間後らしいけど、その事は重きにしていない。

ひとまず、服に労いを込め、お店を後にした。

すると、何だかとても軽やかな気持ちになり、夫へのマイナスの思いも、一瞬消えかけた。

でも、帰り着くとやっぱり同じ空間にいることが既に厳しい。

心臓の不調も、肝臓の数値だけが不自然に高いのも、長年じっと黙って耐えたシワ寄せだと今では思えてしまう。

悪いのは夫ばかりではない。

私からコミュニケーションを、会話を持ちかけようとしなかったことは大きな要因だ。

けれど、パートナーを心配して禁煙をするという選択をしなかった夫を見て、これまで疑念を抱いていた人間性が思い違いではなかったと確信した。

私は50代半ばにして、おひとり様を生きることにした。

衣類や我慢を捨て活すると、想像以上に軽やかだ。

 

スズメバチをめぐって

我が家の軒下に、使わなくなった布団干しが立て掛けてある。

その布団干しの人目に触れない位置に、去年と今年、スズメバチが巣を作っている。

その様子を静かに見守っていた。

去年は何も言っていなかった夫が、数日前、

スズメバチのスプレーどこある⁉』

と、語気強めに聞いてきた。

『そのままにしといてやって』

と、返した。

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仕事から帰ると、恐ろしげなジェット噴射の口が付いたスプレー管が「燃えないゴミ」スペースに置いてあって、慌てて軒下に走ると、10匹ほどのスズメバチが無惨な姿で布団干しの足元に散らばって落ちていた。

私は泣いた。

涙を流しながら謝った。

チームワークで巣の中のレモン色の赤ちゃんを囲んで守っていたスズメバチが、人の都合で一瞬にして命を消された。

私だって、農作業中に間違って踏んでしまうとかはある。けれど、重要なのは、故意にやったかどうか。完全に価値観ズレまくり。

謝ったあと、その場を片付けた。

噴射するだけして放ったらかし。生活全てにおいて同じ行動。我慢も限界。

ワタシ、変なのかなぁ…

時々、畑の中の生き物に話しかけていたら、えっ?て反応でご近所さんに見られていることがある。

夫がフツーなの?

そもそも、フツーがわからんし、納得できんし理解できん。

スズメバチに弔いを込めて。

4毒抜きが広まっている実感

毎週土曜日、母を連れてバランス整体にリハビリ通いしている。

かれこれ5年。私が交通事故後に通い始めてからだと6年が経過したのだと思う。

昨日、珍しく全身が痛だるく、イレギュラーの施術を受けた。後半あたりで

『体重減った?』

と先生。

『食事改善しています』

と、フワッと告げる私。

『どんな感じでやってるんですか?』

と先生。

私は、具体的に何をやっているかを聞かれているのだと理解していたけど、「4毒抜き」とはすぐに言えなくて…

『玄米を主に食べていて、小麦粉とかやめています』

と、自分の説明に物足りなさも感じながら言葉にすると

『4毒?』

……(え?今、ヨンドクって聞こえた…)

『乳製品とか、油とかも?』

と、驚きすぎて時が止まっている私に、続けて聞いてくる先生。

そこで改めて、4毒抜きが世の中に広まっていることを再認識した私は

『え、4毒抜きご存知なんですか?私は、周りに言うと白い目で見られるから、言わないようにしているんです。こんなに身近に知っている人がいて嬉しいです!』

それからの時間は、施術を受けながら4毒の話でずいぶん盛り上がって、先生も4毒抜きの考え方に賛成だということをハッキリと聞き、孤独感が一気に吹き飛んだ。

職場はおろか、親戚、実家、夫でさえ、4毒抜きを伝えていなくて、逆に摂食障害だと思われている。

確実に健康になっていて、油まみれの食品をむさぼるように口に運ぶ目の前の人達が哀れにも思えてくる。

けれど、よしりんは「強制してはいけない」と言っている。

私ひとり、申し訳ないけれど、次のステージに進ませていただきます。

食事ができることに、感謝します。

身体が動くうちにセルフリノベするべきか

自宅から車で3分ほどの場所に、実家はある。

育ってきた建て家は解体されて廊下で繋がっていた納屋兼離れと、解体された母屋の反対隣に建てられた新しい母屋(兄夫婦が建てた家)が今はあり、ぽっかり空いた中央部分は駐車スペースになっている。

連絡廊下で繋がっていた建て家は1階部分こそ倉庫や作業スペースとして使っているけれど、2階は物置小屋と化し、土足で歩かなければならない状態で放置されている。

散々お世話になった学生時代。ここには、水回りがトイレのみ付いていて、無論使われていない。

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母屋と繋がる廊下の向こうに20畳の広間があり、身体を右に向けると8畳間が2部屋。

贅沢過ぎる空き家の、先ずはモノを片付けなければ、という気持ちになった。

読書好きの弟が上京先から引き上げた際の大量の小説、衣類、電化製品。今は30前のオジさんになろうとしている息子が幼少期の頃のオモチャの数々。施設に入って受取り手がなく預かった伯母の大量の和服(水商売してたからそれなりのがある)。

数年前、一度は片付けにチャレンジしたものの、果てしなさに疲労困憊し断念した。

でも、今回はやれそうな気がする。

セルフリノベまでいけるかわからないけれど、まずは、お世話になった部屋やそこにあるモノに感謝の意を込め、片付けなければ…。

そのためには、塞がれた1階からの階段の1畳分の蓋を押し空けないといけない💦

外から塞がれた廊下の入り口云々は、その先の話になる。

 

妻って何…夫婦って何なんだ。集団生活のセンスなし!

息子も新しい家族をつくり、夫と老後のような生活を送っている。

送っているというものではない。流れている。

不平や不満は誰と暮らしても何かしら出てくるものだから、そんなことはここに盛り込むつもりもない。

ただ、私には妻のセンス、嫁のセンス、集団生活を生きるセンスがないことだけは、2回結婚して明白になった。

大失敗しないと身に染みないし、むしろ、大失敗とも思っていなくて、ただ、くだらないと思っているから、近々、夫に頭を下げて、籍から抜けさせてくださいとお願いすることにした。

私には妻としての力量がありませんでしたと。

恐らく逆上するだろう。

その前に、決めた道を静かに進むために、次の住まいを整えることにした。

つい先日調達した備蓄品の数々は、今囁かれている2025年7月に備えたものでも何でもなく、潜在的に準備した次の生活の為の消耗品だったようだ。

私の靈、いつにも増してしたたかだ。

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畑は楽しい!

自然農のやり方に納得して、自然農みたいな畑に切り替え途中の今、畑が愛おしくてたまらなく、平日の仕事を放棄して作業したいほど農作業が楽しい。

ウヒャウヒャ楽しんでいるという訳ではなく、そういう表現的なものではなく、心と身体に充実感と達成感が染み渡る、静かでキラキラした楽しさ。

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そんな中、前回の記事にあげた陸稲に失敗した。

それもそのはず。籾ではなく玄米から無理矢理発芽させて、針みたいな5cmにも満たない苗を、田んぼではなく、しかも無施肥の畑に植え付けてしまうのだから。

スパルタ的な心無いやり方に、宇宙の法則が応えてくれるとは、そもそも思っていなかった。

リベンジというより、きちんと、初回は素直に種籾を買うことにした。

予定していた畑のスペースは、ひとまず野菜達に返還することに決めた。

パートを辞めて農業で生計を立てるなんて、実際やってみて現実的ではないし、本当に苦しかったし、心がすさんだ。

今は、はっきり言ってぬるま湯に浸かっている感覚で、私の求めている生き方とはかけ離れていて、それでも楽に生きることを優先する自分がいて、心とからだが矛盾した日々を送っている。

ただ、どこかで農耕民族の原点を失いたくない私が、“お金の価値がなくなった時、農家が強い事を知っているでしょ。もっと危機感をもって!”

と、叫んでいる。その言葉が、毎日降り注いでいる。

だからなのかな。

心を癒すように、デトックスするように、平日の夕方も、休日も、欠かさず畑に足を運ぶ。

畑に住みたいほど、畑が楽しくて仕方がない。

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陸稲(おかぼ)にチャレンジ!

畑大好き🍀😌🍀星人です👾

今回は、日常の農作業に新たなチャレンジとして、陸稲(おかぼ)をプラスしてみたいと思います!

若い頃のようにコンバインとか触る気もなく、でも、自分が食べる玄米は無農薬無肥料で育てたい!と思ったので、今年は試験的に畑の2畝分(一畝当たり、約80㎝幅×15m)を使って育ててみようと思います。

ちなみに、一畝に2条植え付ける予定なので、計4条育てます。

そんな企てがあり、2日前からお米の芽出しをしていまーす😁

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分かります?

多分ご近所さんからは、笑われるでしょう。

それでいい😁

私はワタシ、ハッハッハ。

さて、どうなることやら、お楽しみに~✨

太陽さん、地球さん、すべての命さんに、感謝します💚

農作業が好きだから

畑や田んぼの管理が忙しくなり始めた。

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即ち、心が楽しいと言っていて、

予想はしていたけど、事業構築に対する熱が一気に冷めつつある。

やっぱり私は、心の底から農作業が好きで、お金儲けとかは二の次で…

こんな時、どうやって乗り越えるのか、そもそも乗り越える必要性を感じているのか。

メインブログで行動宣言をしていて、二極化する自分の心にじっくり耳を傾け、今、正直な気持ちをあぶり出している。

 

【食事改善の壁を越える一つのアイデア】小麦粉・植物性・乳製品・甘いものを摂らない生活

小麦粉・植物性の油・乳製品・甘いもの。

この4つを『四毒(よんどく)』と言う。

この社会には、これらが食べ物としてまみれているから、この全てを食事の一切から抜こうとした時、如何に「だらけ」であるかということを思い知らされる。

同時に、今の私のような考え方は、一般的には社会不適合寄りだとも思っている。

 

夫に四毒抜きは強いていない。

だから、お弁当に卵焼きは入れる。

我が家に油は置いていない。

どうやって焼くの?と疑問かもしれない。

毎回鶏皮で「鶏油」を作れば、卵焼きも楽勝。

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製氷皿に適当なサイズをくるくる丸めて小分けに入れて、冷凍して使う。

でも…

独り身なら、鶏肉さえ買わないし、四つ足の肉は完全に卒業した。牛や豚も大切な命だし、最期の時を人間の手で決められてしまうなんて、恐怖極まりないだろう。

鶏はもうしばらく卒業できそうにないから、プチアイデアをここに残しておこう。

 

 

息継ぎをしに

今、私の人生を生き抜くために、突っ走っている。

頭をフル回転させていると、心が声を掛けてくる。

置いていかないで…って。

だから、時々ここに戻ってくる。

息継ぎをするために。
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